それにしてもこれだけポップな曲の数々を、30年間近く創り続けてきた、というのはただもう驚くしかない。
サザンオールスターズ、1年ぶりのシングル「DIRTY
OLD MAN〜さらば夏よ〜」も、相変わらず魅力的なメロディと桑田佳祐しか書けない詩の世界とが絶妙にドッキングして、最高の楽曲になっている。
欧米で一世を風靡し、永久にヒット曲を出し続けると思われた、エルトン・ジョンやマイケル・ジャクソンやジョージ・マイケルなど大物が、21世紀に入って失速して、音楽活動自体も少なくなっているくらいなのだから、サザンの底力はすごい。
桑田佳祐が天才的なメロディメーカーであることももちろんだけれど、「DIRTYOLD
MAN〜さらば夏よ〜」を聴いて、彼の詩の書き方のすごさを改めて痛感した。
実はタイトルから、スケベな男の、軽い物語を連想してしまったのだけれど、とんでもない。桑田の作る楽曲の世界は奥が深かった。
もちろん私がそう思うのも当然で、「DIRTY
OLD MAN」は「きたならしい、そこそこの年の男」、つまり「エッチな男」「いやらしい男」を表し、もっと言えば「スケベおやじ」がぴったり来る言葉だ。
英語の楽曲でもよく使われる言葉で、ヒット曲の中でも「困ったわねぇ」ですむ愛らしい男から、救いようのないセクハラ男まで、多少の温度差はあってもよく登場する。
洋楽のポップスから単語や気分や発想を持ってきて、上手に日本風ヒット曲に仕立て上げるのは桑田が得意とするところだ。 ところが、この最新シングルに登場する「スケベおやじ」は微妙に一般的なイメージと違っている。
「嗚呼 人生 大惨敗へ」と叫んで、泣きながら「あの日の熱い僕」を惨めに後悔しているのだ。「いい人だね」と思われるように「道化を演じて」「妬みと見栄の虚しい毎日」を過ごしていた……と。「大事なものは若さじゃなくて 素顔のままのしなやかな日々」などと反省までしたりする。
とっても真面目な「スケベおやじ」なのだ。過去の栄光の時期に、確かに異性を追いかけ異性と遊んだのだろうけれど、詩にはそんなことは全く出てこない。
さらに後半部では、かつてのお気に入りのヒット曲を聴きながら鏡を見つめて、自分自身を再発見し、「愛されたい」「終りじゃない」、人生まだこれからだと思い直す。
そして「うな垂れちゃ駄目さ」と踊り始め、詩の流れとしても大逆転、「嗚呼 人生 大逆転へ」とまで言い出す。
簡単に説明してしまったけれど、5分19秒の短い曲の中に、この逆転のドラマを詰め込むなんて、すばらしい腕前である。この主人公にいろいろなものを重ねて読むこともできる。バブル崩壊なんて月並みなものだけではなく、各個人がたどってきた人生の山川を思い入れられる。
「振り向くほどに人生は悪くない」と明日を信じる明るさもうれしい。決して過去に何があろうと後ろ向きにはならない。
さらにこのドラマは、派手なサウンドと、軽快なリズム(単語の並べ方が自然に作り出すものを大切にしている)と、日本語が英語に聞こえる彼の唱法(詩もそうなるように作ってある)に乗っかって心地よく耳をゆだねていると、意識しないでもすんでしまう。そんな聴き方もありの懐の深さも兼ね備えている。
聴く人が、それぞれ多様な快感を引き出せるところが、真似が難しい彼の優れた作詞術だ。今回はとりわけそれが冴えわたっている。
それは、ひとつひとつの単語やフレーズが練られていて、どこからでもいろんな取っかかりが用意してあるからで、その用意周到さには舌を巻く。見事な「DIRTY
OLD MAN」再生物語だ。
これだけのドラマを曲に託せる限り、サザンの位置が揺れることはないだろう。何度でも聴きたくなる「エバーグリーン」がまた増えた。