現代の芸能界/音楽業界で、自分の生き方を貫くのはとても難しい。それは、音楽事務所やレコード会社の力が強い、というだけでなく、自分というキャラクターを世の中に売り出していくためには、たくさんの人間がかかわっていて、自分ひとりの力で決められないことがありすぎるからだ。
だから、ちょっと自分を通そうとすると、「わがまま」とか「ひとりよがり」と言われてしまう。「おまえをデビューさせるのにどれだけの人と金がかかっていると思ってるんだ、その恩も忘れて……」というセリフはドラマだけの誇張ではない。
そんな中で松田聖子は、その生き方をずいぶんと批判されてきた。音楽活動でも、恋愛でも、子育てでも、彼女自身が次々と決断していくことに対して、ことごとくバッシングが起こった。
もちろん、彼女の選択がすべて正しかった、と持ち上げる気もない。しかし、「自分で生き方を決める」ことが本当に大変なこの業界にあって、それをできる限り貫いてきたことを私は尊敬する。
3月9日、NHK
がドキュメンタリー「松田聖子・女性の時代の物語」を放送した。松田聖子の本格的ドキュメンタリーは実質初めてだという。
脚本家・大石静(聖子主演のドラマを書いている)の聖子へのインタビューや、娘・沙也加のコメントなどをはさみながら、1980年に聖子がデビューしてからの27年を追っていく。
とりわけ詳しく分析されるのは、沙也加を産んで2ヶ月で芸能界へ復帰し、さらに4年後、事務所からも前年に独立した上で、子どもを両親に預けて米国でしばらく活動をした1990年代前半だ。
「結婚し出産した後もアイドルを続けた最初」(ナレーション)になったことは、画期的であると同時に、ものすごいバッシングも受けた。何と週刊誌・雑誌に登場した回数は松田聖子が2位の長嶋茂雄を倍近く引き離してダントツのトップなのだそうだ(約4000回)。そのほとんどがバッシングだ。
当時の編集者は、女性誌も含めて取材し記事を書くのは男性ばかりで、男の視点でしか記事を書かなかったのではないか、と証言する。
それに対して、聖子を支持したのは女性たちだった。今でも、ライブに来るオーディエンスの中心は30〜40代の女性だ。「仕事もプライベートもやりたいことを続けてきた」(聖子)彼女を、その生き方に共感する女性たちの言葉が包む。
子どもも仕事も両方大事だという女性に希望を与えた、と語る女性たちが登場して、どれだけ聖子が支えになり、励まされたかを語る。周囲が家庭に閉じこめようとするのに葛藤してきた女性ばかりだ。
「『子どもを犠牲にして』と言われるが、仕事もしながら自分なりの親子関係を作っている」「決められていたレールを歩んでいた私が、周囲の猛反対を押し切って、会社を辞めてスペインへ留学した時、彼女が背中を押してくれた」「ひとりで仕事をしながら生きている私の道しるべだ」……。
聖子は、バッシング当時について、米国行きを選んだのは、人生の中で何回もない大きなチャンスだったから、と語り、「別の『松田聖子』が作られて、知らない人が知っているかのように語る。それは違う、と言って回りたくてもそのすべはないし、言っても仕方がない」と思ったという。今のネット社会で頻発するバッシングにも当てはまる言葉だ。
聖子はバッシングを逆手にとったような
CM にも出て「負けるもんか」などと叫んだりした。そして1996年には起死回生の「あなたに逢いたくて」という彼女最大のヒットを自作で生み出す。
大石静は「『やりたいことをやり抜く』と言い切った、女性の時代の先頭を走るシンボル」と聖子を評価する。「社会の既成の価値観と闘い新しい道を切り開いてきた」ことと「愛する娘のために涙する普通の母親」の両面を持ったことがすごいことなのだ、とも続ける。
聖子は「歌うことと生きることはいっしょ」と言葉を選んで話し、くじけそうになっても『私はこれが好き』と生きてきた」と淡々と語る。そして「人生これから」とさえ言い切った。
45歳の誕生日が過ぎたばかりの松田聖子。新曲(5月発売シングル)のレコーディングをしているシーンなどを見ると、改めて若い、と思う。表情が活き活きしていると感じる。さらに「自分らしく」変化して生きていってほしいと願わずにはいられない。
そして、女性だけでなく、男性にだって、彼女の生き方は力を与えてくれる。自分のやりたいことをあきらめない、やりたいことはできるだけ全部やる、そんな「欲張り」は悪いことではないばかりか、人生を輝かせるエネルギーになる。
今たぶん、どうやってこの芸能界/音楽業界の中で「自分らしい」ことをやりながら生きていけばいいのか、悩み苦しんでいるタレント/アーティストがいるはずだ。その意味では女性だけではなく、タレント/アーティストにとっても「先駆者」といえるだろう。
私も松田聖子を声援し続けながら、彼女のバイタリティを、ダイナミックさを、したたかさとしなやかさを、温かさを、「愛」を、自分なりにアレンジして学びながら、「やりたいこと」をやっていきたい。マジで。