時代のせいなのだろうか。とりわけ21世紀に入って、「ひたすら楽しい」ことが軸になったヒット曲がどんどん少なくなっているような気がしてならない。
私は最近「アイドル」という分類を音楽に当てはめるのは無理があると強く感じているのだけれど、あえてその言葉を使えば、その「ひたすら楽しい」ヒット曲は、いわゆる「アイドル」たちの曲でしか聴けなくなりつつある。
これがさらなる悪循環を呼んでいる。「アイドル」だから評価しないという不合理が、「楽しい」曲を大事にしないという不合理に直結しているのだ。そんな状況に真っ向立ち向かう、WaT
ふたりがとっても頼もしい!
「君に贈る歌」も「ラッキーでハッピー」も、ネアカで、ポジティブで、心がウキウキしてくる。どちらもサビがたまらない。
「君に贈る歌」の「わかるわかるよ君の気持ち」、「ラッキーでハッピー」(これタイトルも明るい!)の「Lucky
Lucky Lucky Lucky Kiss」、ともに単語の軽やかなくり返しが、トランポリンに乗った時のように、気持ちを弾ませてくれる。ただものではない覚えやすさはヒット曲の命だ。
両曲とも、テンポの差はあっても、「ひたすら楽しい」ヒット曲がたくさんあった、70年代・80年代に存在していてもおかしくないメロディだ。「君に贈る歌」は小池徹平の自作だから、若い彼の内面にも明るさを求める感性があるということになる。ウエンツもそこは同じだろう。
WaT
ふたりは本当に飾らない。おごらない。いばらない。この「大人の事情」が渦巻く芸能界/音楽業界にあって、本当に珍しいことだと思う。それは歌にも反映されている。
歌詞にも、歌い方にも、込められた気持ちにも、優しさがあふれている。本人が優しくないとできないことだ。歌が人を感動させるのは、うまさばかりではない。その曲から伝わってくる「気」の温かさもじゅうぶん私たちのハートをつかまえて離さない。
小池徹平の「君に贈る歌」はさらっと聞き流せば、好きだった相手との別れを歌っているのだろうけれど、もっと広くとることもできる。旅立っていくのは、親友かもしれないし、親族かもしれないし、要は「大事な人」だ。
「君の選んだ道を信じ 前を向き歩いてくれたら そんな君が好きだから」。どんな関係であれ、相手の旅立ちをこんなふうにとらえられたらいいだろうな、という願望を形にしてくれてもいる。
そばにいるのが当たり前だと思っていた相手が、自分の夢の実現のために去っていく。「知らない君」もいたんだ、君が「知らない僕」もいるように。涙ものの、そしてすごく鋭い自己分析だ。そしてそれを温かく受け入れ、希望も持っている。「誰よりも大切な君と 別々の道歩いたって ここでまた逢えるはずだから」。
これは聴くものみんなへの応援歌であり、小池徹平からウエンツ瑛士へ捧げられた曲であるとも言える。
テレビ朝日系「ミュージックステーション」で、タモリは小池徹平に「WaT
解散?」と突っ込んでいた。本当に解散しそうならば絶対に出てこない言葉なので、安心する。WaT ふたりの絆はとてつもなく強い。 「ラッキーでハッピー」のウエンツのノリも好きだなぁ。全力で歌にぶつかっていっているのだけれど、不思議と、「全力」が呼び込みがちな「気張り」がない。軽やかさが「全力」と両立するところが楽しさの秘密だ。元気のもとだ。
歌詞はシンプルだけれど、子どもだましではない(フジテレビ系「ポンキッキ」挿入歌)。「くるしいこと かなしいこと 忘れ去るのさ」、そして飛び立とうと呼びかけるウエンツが本気だから。
WaT
ふたりのソロプロジェクトも、次作はウエンツの映画主題歌が軸になる「公平」な展開に好感。とは言え WaT としての活動もたっぷり磨いて、無理のないようにライブをやれるようなスケジュールを組んであげてほしい。