▼「詩人」の時代 [2006年05月02日(火) ]

 

 ヒット曲は、時代を映す鏡でもある。ある傾向のアーティストや楽曲が続けてヒットすれば、そこには何がしかの意味がある。

 洋楽でシンガーソングライターが猛烈に売れ出している。5月8日付『オリコン』アルバム週間ランキングで、ダニエル・パウター『ダニエル・パウター』が4位、ジェイムス・ブラントの『バック・トゥ・ベッドラム』が7位と、どちらも自己最高位に達した。

 両者とも、私の「ビルボード速報」で何ヶ月も前から推してきただけに、そろってベストテンに入ると感慨深い。

 米国でも今、両アルバム揃ってベストテンに入っており、それぞれのシングル“You're Beautiful”[ジェイムス・ブラント]も “Bad Day”[ダニエル・パウター]もともにナンバーワンを記録、後者は今も5週連続1位を続けている。

 両者ともに火がついたのはヨーロッパからだが、米国に続いて日本でもブレイクしている意味は何か。テレビ番組に使われたり露出したり、とプロモーションが功を奏していることはあちこちで述べられているので、音楽そのものに内在する要素に絞って考えたい。

 ダニエル・パウターとジェイムス・ブラントには共通点がある。売れるまでに様々な人生体験をしているので、人間に対するまなざしが深くするどく、そして温かい。

 辛らつな歌詞であっても、救いがある。ついてない人でも、明日がある、失恋しても、心は不思議と満たされる……。

 日常をさりげなく歌った歌でも、社会(の矛盾)とのつながりをハッと感じさせたり、人間の様々な側面に気付かせてくれたり、聴く人それぞれが、並べた言葉の裏にいろいろなものを感じ取ることができる。

 そしてそれらが、穏やかでポップな中にも力強さが秘められているメロディで彩られ、そばにいて語りかけてくれているような歌声で表現される。

 これはまさにシンガーソングライターの王道であり真骨頂ではないか。私は、このふたりのアルバムを聴いていると、「エンパワーメント」される。

 文化は、時として社会に足りないものを補う要素を持つことがある。人間関係が少しずつおかしくなっていることは誰もが認識しているだろう。いじめや虐待やハラスメントはなくならないどころか、親子間とか友人間とか、起きる確率が低かった関係にも及んでいる。

 それは、個人間の「格差」は自己責任で当たり前で、様々な立場の人を尊重できない社会にも密接に関係している。

 インターネットのコメント・掲示板等でさえ(だからこそ?)、相手の不幸をからかいさらにいじめ、気に入らない人を傷つけおとしめようとする書き込みが増えている。相手のことを考えた「優しい」表現がどんどん失われている。

 だからこそ、本格派の、つまり人間と社会への洞察力を持ってしっかりと自己表現しているアーティストが受け入れられるのではないだろうか。

 だとしたら、日本人にだってそれに値するシンガーソングライターはいる。ダニエル・パウターやジェイムス・ブラントに負けずとも劣らない表現力を持っている人材がいる。

 ただ、日本という国はまず外国からのメッセージを受け入れ、それから国内に目が向く、という傾向がどのジャンルでもある。音楽も例外ではない。日本のロックの先駆者たちは、欧米優先の評価の中でどれだけ苦戦したことか。

 それゆえ間違いなく大野靖之さんの時代は来ると思う。でも、手をこまねいているわけには行かない。メッセージのわかりやすさでは日本語は英語より勝る。そのためにも彼をもっとメジャーにしていきたい、応援したい。

 

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