▼多種類販売の問題点早わかり
[2006年11月09日(木) ]

 

 「多種類販売」は今まで何度も書いてきました。しかしその傾向は強まる一方です。

 改めて問題を整理してみたいと思います。

 残念なのは、この問題を記事にすると、例に出したアーティストをいじめるな、という趣旨からはずれたきついコメントがたくさん付くことです。

 どうしてもアーティストの音楽的価値とこの問題とは別だといっているのに、理解していただけません。

 だから今回はあえて、アーティスト名は出さずに整理してみました。以下、現在の音楽業界の大問題です、ぜひ読んでください。

 まず「多種類販売」と言っても様々な形があるので、整理してみましょう。上が初回限定盤、下が通常盤と見てください。

(1)CD は内容が変わらない場合
▼CD+DVD
 CD
▼CD+特典
 CD
→DVD や特典の内容が変わって、初回限定盤が数種類になることあり

(2)CD の内容が変わる場合
▼CD[A]+DVD(または特典)
 CD[B]
→内容の違いでまた分かれます
★[B]=[A]+1〜2曲
★[A]=共通曲+X/[B]=共通曲+Y

(3)ジャケツトや特典が多種類になる場合[CD は同じ]
▼CD[ジャケット A]
 CD[ジャケット B]
 CD[ジャケット C]
 CD[ジャケット D]
 CD[ジャケット E]
 …………
▼CD[特典 A]
 CD[特典 B]
 CD[特典 C]
 CD[特典 D]
 CD[特典 E]
 …………

 この(1)(2)(3)が複雑に組み合わせられる場合も出て来ていて、より複雑になってきています。シークレットライブの抽選券からグッズまで、「特典」にもいろいろあり、通常盤にも、初回生産分だけ「特典」が付くことがあります。

 さらに大変なのは、「特典」自体がシークレットで、何種類かあるうちのどれが入っているか買って開けるまで分からないものがあることです。「特典」が仮に5種類だとしても、外からわからないのですから、全部揃えるためには何十枚か買わねばならないこともあり得ます。

 おまけにこれに、予約特典や、販売店独自の特典が加わることもあり、ややこしさは極限に達しています。

 ある特定のアーティストのファンになると、そのアーティストに関連したものは何でも集めたくなるのが人情です。できるだけ「おまけ」を付けてほしい、これはファンとして全くまっとうな願いでしょう。

 だから予約特典や、初回生産分だけ特典付というのは、早く・確実に手に入れたいファンに「おまけ」が付くわけですから、リーズナブルです。

 また、DVD も含め特典が付くか付かないかだけで、どちらかを選べるのならば、その時のふところ具合や特典の中味によって買う側が選べますから、これもまたあっていい、というか、ファンの多くはそれを望むでしょう。

 ですから、(1)にはそれほど問題はないと考えられます。問題は、(2)と(3)なのです。

 CD の中味が違うものが何種類か発売された場合、特典もほしいですけれど、何といっても音楽に魅せられて CD を買うわけですから、手に入る曲は全部聴きたくなって当然です。私も揃えたくなります。

 そうなると、(2)の場合、発売されたもの全種類を買い揃えなければならなくなります。片方はレンタルで、あるいは友人から借りて、と対策を講じている人もいますが、総じて好きなアーティストの音源は CD として買っておきたくなります。

 さらに問題なのは、(3)です。これは「意地悪」でさえあります。

 メンバーそれぞれに対応する特典やジャケットであることがほとんどですけれど、全員分をまとめて特典とするくらいの度量があった方が、レコード会社も評価されるし、ファンを悩ませることも、メンバーにランクがついてしまうことでファンの無用な争いが起こることも避けられます。

 ファンなら全部ほしくなって当たり前で、同じ CD を何枚も持つより、少し値段が高くても「おまけ」をまとめて全部付けた盤1枚を売るというような、穏やかな売り方をした方が、人気もより強く持続できるのではないでしょうか。

 と、これまではファンの視点で見て来ましたが、ファンでない人がたまたま楽曲を耳にして、「お、これはいい」と CD を買おうとした時にはどうなるでしょうか。

 (3)は、まだファンでなければどれでもいいから1枚買うか、となるでしょうが、(2)だとかなり迷うでしょう。(1)でも DVD などは見てみようかどうしようか考えるでしょう。

 迷った結果、面倒くさいからやめた、ということになる場合もあり得ます。また、何種類あるかなどチェックしないで買いに行く可能性が高いですから、CD ショップに値段の高い初回限定盤しか置いていなかった場合、高いからやめよう、と思ってしまうかもしれません。

 続いてこういう多種類販売によってどんなマイナスが起こるかを整理します。

 《1》ファンが大きな出費を強いられる
 《2》その結果、他のアーティストの音楽を聴く機会が減る

 もちろん、大好きなアーティストだけを聴いていれば満足だ、という人もいるでしょうし、それはそれでかまわないと思います。またリッチな人ばかりではないので、ほしいもの全部を揃えられずに哀しい思いをしている人がいることも考えなければなりません。

 しかし、私などはたくさん聴きたいアーティストがありますから、(2)の場合、どうしてもリリースされた全ての楽曲を聴くために買い揃えたくなります。そうすると財政的には、とても厳しくなります。つまりひいきのアーティストが多い人は悩むことが多くなるわけです。

 いろんな音楽を聴かなくてもかまわない、という人もいるでしょうけれど、テレビでもうら的にヒット曲を聴ける機会が極端に減っており、出演基準にも怪しいところがある現在、思い切って買ってみたら名盤で感動した、という偶然の出会いの歓びが減ることは事実です。

 よくある反論も出してみましょう。
 [1]レコード会社も企業なんだから儲けて当然
 [2]レンタルやダウンロードで CD が売れないから仕方ない
 [3]ファンなら発売されたアイテムは全部かって応援すべき
 [4]たくさん売れれば『オリコン』のランクが上がり人気が出る
 [5]イヤなら買わなければいいだけ

 [1]は、現代の企業事情を知らなすぎます。今や、企業がいばって商品を売り出し、消費者は黙ってそれを買うという時代ではありません。ニーズ(消費者の求めるもの)が多様化する中で、企業は、より適正な価格と売り方を求められています。金もうけを第一に考えている企業は時代遅れになりつつあり、大きな経済成長などもう期待できない中で、消費者と共存する売り方が模索されています。品質の高い商品を適正な価格で売ることこそが「企業倫理」です。

 [2]は一理あることはありますが、CD が売れない原因はそれだけではありません。よい作品を作ったり、じっくりアーティストを育てたりする姿勢が失われ、アーティストも売れるだけ打って使い捨てにされています。全てを消費者に押し付けても、CD離れを加速するだけです。米国ではダウンロードとの共存ができつつあります。

 [3][4]は、ファンの数だけ応援の仕方もあることがわかっていません。それに、たくさん買って売り上げに貢献しても、ファンが少しずつでも広がっていかない限り、そのアーティストに未来はありません。CD を買う代わりに、友だちや知り合いにそのアーティストのよさを宣伝して、ファンの数を増やす方がアーティストの可能性を大きくします。また、それでチャートの1位を取っても、どこかでファンも息切れし
ますから、後々いい結果ばかりが生まれるとは限りません。チャートの作り方の問題もありますがそれは改めて。

 [5]は、「イヤでも」買ってしまうのがファン心理であり、そこにレコード会社+事務所がつけ込んでいる事実を見つめるべきです。ファンが「イヤだから」買わない選択ができるのだったら、多種類販売自体が成立しないでしょう。

 そしてこれらの私の考えを裏付けるものとして、音楽リサーチの仕事をしておられる臼井孝さん(T2U 音楽研究所)は、「仕事でこれまで数十万人の音楽ファンの方のご意見に目耳を傾けているのに、『2種類別々のCDを発売してください。2種類とも買いますので!』のようなご要望や『写真集Aと写真集BのCDを発売してくれて有難うございます』のような感謝の言葉といった肯定的なご意見を一度もみたことがないから
です。つまり、この類のCDを多種類買ったとしても、その人たちの大半は喜んでお金を出しているのではなく渋々買っていると推測されます」と述べられています。s

 臼井さんが批判されているのは全ての多種類発売ではなく「1枚を購入しても、その作品性を理解するのに完結しない作品」、つまり私の言う(2)に当たる CD に対してです。私と同じ……というか私が臼井さんの影響を受けこの原稿にある考えに至ったというのが真相です。臼井さんに感謝です。ぜひ臼井さんの原文「『一人が100枚買う CD』よりも『100人が1枚ずつ買う CD』を目指して」をタイトルをクリックして
お読みください。

 臼井さんは、このタイトルに想いを込めて、1人の人に無理矢理何枚も買ってもらう戦略より、たくさんの人に1枚買ってもらう方が「お客様のニーズを把握して、その作品を聞いてくださるお客様に届けるという、真の意味での音楽マーケティングだと思うのです」と断言されています。

 

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