[毎日新聞 2007年8月13日 夕刊]
特集ワイド あいたくて 07夏 昭和の主人公たち
ドン・ガバチョ ひょっこりひょうたん島

 

 

毎日新聞 夕刊  2007年(平成19年)8月13日(月曜日)
特集ワイド あいたくて 07夏 昭和の主人公たち

 ドン・ガバチョ ひょっこりひょうたん島
根っからの権力者じゃない。でも、「器」はあった〜仲間思いの大統領 真夏の天下分け目の戦い、終わってみれば、この日本丸、どこへ行くのやら。何せ支持率ガタ落ちの頼りなきキャプテン、下船するどころか、そのまま「美しい国」目指して航海を続けるらしい。で、どこからか聞こえてきた。あの懐かしの声が。「みなさ〜ん!」

 そう、「ひょっこりひょうたん島」の大統領、ドン・ガバチョである。シルクハットに蝶ネクタイ、タキシードをおしゃれに着こなし、ビスマルクひげを上下させながら、島民の心をつかみにつかんでいた。♪なーみをちゃぷちゃぷのオープニングソングにわくわくし、いつしか島民の一人になった気がしてきて、ガバチョへのあこがれは募るばかりだった。その風貌は吉田茂、いや、チャーチルのようだった。いい大人が、と笑われるのは承知のうえ、ガバチョに会いたいなあ、と思った。

【写真】のキャプション
=川崎市のひとみ座で、平田明浩撮影
平均視聴率は20%
NHK総合テレビで1964年から69年まで(毎週月〜金曜、午後5時45分〜6時)放映された。カラー作品だった。原作は井上ひさしさんと山本護久さん(故人)。全16シリーズ、平均視聴率20%。オリジナル放送のビデオは残っていない。

 どこかの国の陸地と橋でつながっていた「ひょうたん島」の火山が爆発。ピクニックにやってきていた先生と子どもたち、流れ着いた海賊、テレビからこぼれ落ちてきた大統領、パラシュートで降りてきた殺し屋などの住人が、大海をあてもなくさまよう小さな島で繰り広げる奇想天外の冒険ドラマ。91年に衛星放送でリメーク版が、03年にはNHKテレビ50年特別番組で新作がつくられ、それぞれ大きな話題になった。

 

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 でも、ガバチョはいずこ?

 破顔一笑、ハタハッハ、天才的ギャグの連発、ガバチョそのものだった俳優の藤村有弘さんもいない。享年48だった、と知って驚く。ならば、と海賊トラヒゲの声、俳優の熊倉和夫さん(80)にお目にかかった。わざわざテープで貴重なガバチョの声を流していただきながら。「お堅いNHKが伸び伸びやらせてくれましたよ。60年代って時代の空気がそうだったのかなあ。ガバチョは抜けてるでしょ。そこがいい。朝、みんな起きましょう! ♪コケコケコケコケコケコッコーって歌うんだもの、大統領が。俳句も作るし、何カ国語もしゃべれる。教養もあって」

 そして、政治家であるガバチョの魅力はその演説にあり、とおっしゃる。とりわけ印象深いのは最終回、こんなセリフ----------。

 <わたくしどもは国連に加盟いたしません。したがってダンディさんも国際警察に引き渡しません。わたくしどもはこれまでと変わらず、このまま波まかせ、風まかせ、この広い大海原を自由に流れていきますぞ>

 「素晴らしかったね。お尋ね者だって一緒の島で暮らしているじゃないか、その仲間を大事にしようっていうんだから。ガバチョは弁を振るって頑張るんだ。島民を愛してる。政財界の癒着なんかもいろいろあったけど、大統領らしいことはやってる。困難にぶつかっても、みんなで行こうよって希望があったんだね。そうそう、博士の声をやった(中山)千夏はこの番組がなかったら、政治なんかやらなかったんじゃないのかな」

 その中山千夏さん(59)に聞いてみた。1980年から1期6年間、参院議員だった。「ひょうたん島は高1から始めたのね。時代に希望があったころね。学生運動が成功するかもしれないみたいな。ガバチョは根っからの権力者じゃないの。それで親しみが持てた。おっちょこちょいだけど、リーダーの器はあったわね。でも、博士とかサンデー先生とか周りに知恵者がいたからね。内閣がいいわけですよ。チーム・ガバチョがいいのね。トラヒゲの財界だって権力がない。だから浄化作用が働いて」

 噴き出しそうになった。いまの永田町、ガバチョはいるかしら?

 「いないわね。いたとしても、つぶされるかな。ひょうたん島って、逃げ出せないの。大統領といえども、島民から総スカン食ったら、行き場がなくなる。仲良くしてもらわなきゃさみしいじゃない。本当は日本も地球もそうなんだけど、広いから気づかないだけね。みんなそれぞれ違うけど、ちょっとずつ譲りあって生きていく、ガバチョはわかってたんじゃないかな。『外交の花』って歌もあったよね。外交とは、真心を胸に手を差し伸べたら、向こうも差し出す、真心の外交が信条だった」

 いやあ、奥が深い。ガバチョに永田町のテキストを書いてもらいたいくらい。少年時代からそんなガバチョをはじめ、ひょうたん島に魅せられ、膨大な記録ノートを取っていたのがファンクラブ会長の伊藤悟さん(54)。「つまり、民主主義なんですよね。大統領も国民投票で決める。直接民主制に近いかな。子どもにも1票、動物にまで1票あって(笑い)。ガバチョはアイデアマン、力業もある。政策力と行動力。みんな仲良くって、学校の教室に張ってある標語みたいなものだったら、ただのお題目でしょ。ひょうたん島では本気でケンカをするのがすごい。大統領なのにぽかぽか殴られたり、土に埋められちゃったりする。でも、真剣に議論を戦わせるんですよ」

 自宅にはグッズがあふれ、お気に入りの「ドン・ガバチョの未来を信ずる歌」が流れる。予備校講師や深夜放送のDJなどで人気を集め、同性愛者であることも公言した。そんな伊藤さんを支えてきたのは「運命なんかない、自分で切り開くんだ」というひょうたん島精神だった。伊藤さんのインタビューに原作者の一人、井上ひさしさんはこう語っている。

 「例えば、日本人だとか、イラク人だとか言う前にアジア人だし、その前に地球人だっていう共通点があるわけです。それが今、みんな『国』という次元で、想像力が止まっちゃっている。国とは何とか、そんなこと言ってる場合じゃない、地球の問題だっていう思いが、当時からあったんです。だから『ひょうたん島』には、しばしば地球レベルの危機が訪れます。博士の『僕は地球を愛してる』という歌にも、そういうメッセージが込められているんです」(「人形劇ガイド ひょっこりひょうたん島2003」NHK出版)

 うーん、永田町どころか、国連のテキストにしなきゃならない。そのテキストは万国共通、ガバチョの豪快な笑いにくるまれている。「ガバチョ、いるんですよ」。伊藤さんが教えてくれた。川崎市の人形劇団「ひとみ座」。けいこ場にガバチョはいた! 思わず手にとって、棒で操って腕を大きく広げた。ハタハッハ。ハタハッハ。みなさ〜ん!

【鈴木琢磨】

 「昭和」が懐かしい。それもアニメや漫画、空想ドラマ……。ノスタルジーでなく、そこには忘れてならないメッセージがあったのでは? この夏、記者が思い入れのある主人公に会いに行く。